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営業インタビュー

転職事情File
森島 義美(長野南部営業所 営業課)Map
入社 2004年2月入社
前職 東京でエンジニア。
その後、長野の精密機器メーカーで生産管理を担当。
家族 妻と子供が1人。3人家族です。
辞めた理由 事業規模が縮小傾向に。将来に不安を感じた。
決めた理由 展示場めぐりの際、最も対応が良かった。
趣味・特技 スキー。テニスや温泉旅行も大好きです。
奥様からヒトコト 好きなことを仕事にしてね!
 

※プロフィールは取材時点のものです。
辞めた理由と決めた理由は?(前の仕事は?:精密機器メーカー 生産管理)

「スキーもできるし温泉もある。よし、長野にしよう」。私がなかば衝動的に長野への移住を決意したのは、ある朝の満員電車でした。進学で東京へ出てそのままエンジニアとして就職し、12年が経っていました。収入もポストも不満はありませんでしたが、「一生この電車に乗り続けるのか?」と自問自答すると、答えはノー。長野へのIターン転職を決意しました。その後、精密機器メーカーへ入社し、生産管理を担当。仕事も面白く、穏やかな毎日を送っていたのですが、結婚をし、マイホームを建てた時「住宅建築ってこんなに面白い仕事なんだ!」と感激して。仕事は順調でしたが「住宅の仕事にチャレンジしたい」という気持ちを抑えることができず、住宅業界への転職を決意しました。

マイホームを建てる時、たくさんの住宅メーカーを回りました。その時、それぞれの営業さんがとても楽しそうに仕事をしているように見えたんですよね。その理由は、お客様と確かな人間関係を築けるからだと私は考えました。当時の私の仕事では、お客様と接することはほとんどなく、住宅営業の仕事は未知の領域でした。でも、ソフトもハードもゼロの段階からスタートし、お客様と一緒につくりあげる仕事は、自分のアイデア次第でいろんなことができそうな気がして、「こんなにおもしろい仕事はないんじゃないか」という気持ちがどんどん強くなっていったのです。一条工務店を選んだのは、担当者がいちばんイキイキしていて楽しそうに仕事をしていたから。お客でもない転職活動中の私に、嫌な顔ひとつせず、会社のことや職場の魅力をしっかり説明していただいたことが決め手になりました。

実際は、楽しく仕事できてますか?(やりがいキーワード:感謝される仕事))

一条工務店への入社時、私の年齢は36歳。これまでの職歴を考えても、正直、キャリアダウンや年収の心配はなかったと言えば、ウソになります。でも、背中を押したのは、「こんな仕事があるなんて!」という驚き。そして妻からの「あなたの好きなことをすればいい」という言葉。ありがたかったですね。だからこそ、一条工務店の成果主義の説明を受けて、がんばれば必ずポストも年収も上がると確信ができ、不安はなくなりました。

あれから10年、多くのお客様や社員と出会い、今は店長職を任されています。住宅営業の仕事は、毎日が変化の連続。同じお客様はいないし、ご契約をいただく道筋も毎回違います。でも、だからこそ面白いんですよね。展示場での接客で過去にこんなことがありました。一条の家づくりについて一通りお話を終えた後、お客様が「一条さんで、二世帯住宅として家を建て替えたい」とおっしゃったのです。けれど私は、「ありがとうございます。でも、建築計画を考え直してはいかがですか?」と逆提案をしました。お話を聞くなかで、もう一度ご家族全員で話し合われた方がいいな、と感じることがいくつかあったからです。結果、「やっぱり、建て替えは見送り」という結論に至り、ご契約は成りませんでしたが、このお客様にはとても感謝されました。

一見、チャンスを逃しているように見えるかもしれません。でも、家づくりというのは、単純に売る、買うというものではありません。お客様が納得してからスタートするものだという一条工務店の考えのもと、お客様へ誠実に提案できることが、確かな人間関係を築くことにつながると私は考えています。このようなことは、エンジニアの仕事では経験できなかったですね。このお客様が将来、課題をクリアされて、「やっぱり一条工務店さんで建て替えしたい」と訪れてくださったら、これほど嬉しいことはありません。

転職について、ご家族の意見は?(勤務地:長野県)
家族旅行のスナップ。まとまった休暇をとって家族と思い切り遊ぶことが仕事の活力にもなっています。

思い起こせば、一条工務店に入社した年は、結婚、マイホーム建築、転職に加え、長女が生まれた年でもありました。その子も今年で10歳になります。家の前の空き地で虫を追いかけたり、いつの間にかご近所のお庭で遊んでいたり。東京だったらこうはいかなかっただろうなと思うほど、おおらかな子に育っています。東京には何でもあります。でも長野にも、美しい山があり、大きなキャンプ場や温泉などがあり、ここでしか味わえないものがたくさんあります。あの通勤電車での毎日と比べて、私自身の心も、おおらかになっているんじゃないでしょうか。

転職時に「あなたが好きなことをすればいい」と言ってくれた妻には、本当に感謝しています。また、両親は、“一度決めたら反対されてもテコでも動かない”私の性格をよく知っているだけに、転職時は「自己責任で頑張れ」と言ってくれて。「僕はなんて幸せものなんだ!」と実感しました。今は妻も両親も喜んでくれています。妻には時々女性の視点から仕事の相談に乗ってもらい、大きなヒントをもらうこともあるくらい(笑)。もちろん、ありがたく使わせてもらっています。

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