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営業インタビュー

転職事情File
野田 敦史(岐阜営業所 営業課)Map
入社 2003年7月入社
前職 食品メーカーで営業の仕事をしていました。
家族 5人家族(父・母・姉・妹)
辞めた理由 もっと違う環境で自分を伸ばしたい。
決めた理由 ここなら大きく成長できると思った。
趣味・特技 スノーボード。高校時代は空手をやってました。
父親からヒトコト 納得できるまで頑張れ
 

※プロフィールは取材時点のものです。
辞めた理由と決めた理由は?(前の仕事は?:食品メーカー 営業)

実は僕は、大学卒業後に新卒で入った会社を1年3カ月で退職しています。『石の上にも3年』ということわざがありますが、そういう意味では僕はマイナス評価されてしまうかもしれませんね。食品メーカーのルート営業で、自社製品を営業車に積み、毎日決められたルートに沿って商品をお届けに行くのが主な仕事でした。もちろん、訪問のたびに商品提案やキャンペーン品を案内するなど契約をもらう努力をするわけですが、やればやるほど、もっと違う環境で自分を成長させたいという気持ちが強くなっていきました。1年やそこらで何がわかる、と言われそうですが、違う環境を求める気持ちは止められませんでした。

退職後さっそく転職活動を開始。いろいろな業界や企業の研究をしていたのですが、ちょうどその頃家を建替えていて、なんとその発注先が一条工務店だったのです。今思えば運命の出会いだったのかもしれませんね。家族にも転職の報告はしていましたから、ある日父親から、『おまえの転職先なんだが、一条工務店はどうだ?ウチを担当してくれた営業さん、できる人だったぞ』と言われ、資料を取り寄せて応募し、面接に行きました。実はこのとき、すでに他の建築会社からも内定をもらっていたのですが、人事の方や営業所長と納得いくまでトコトン話ができ、ここでなら成長できると手応えを感じて入社を決めました。

期待どおりの環境でしたか?(やりがいキーワード:「おばあちゃんの笑顔」)

すでに入社して4年目。一条工務店は、やればやっただけ収入がアップするのと同様に、自分のやる気次第でスキルもキャリアもどんどん実績を積み重ねていける会社です。以前僕が所属していた可児展示場には、指導熱心な店長がおられ、この方の一挙手一投足を見ているだけで勉強になることがたくさんありました。一緒に仕事をするなかで気づいたのは、“営業力だけでは、人生は楽しくならない”こと。店長は、立派な成績を納めつつ、プライベートもすごく充実している。それが層の厚い人間的な魅力となり、さらに人をひきつけるんですね。僕はその店長にあこがれて、これまでにも多くのノウハウやトークを真似したり、学ばせてもらいました。さすがに“人間的な魅力”そのものは真似できませんが、彼の魅力の根底にある考え方や行動などは、そのまま僕のバイブルとなっています。

そんな僕の心に染みたエピソードをひとつ紹介します。担当しているお客様のご家族に、入退院を繰り返しているおばあちゃんがいました。『早く新しい家に住みたいねぇ』が口ぐせで、僕もできるだけ早くお引渡しをしようと日程調整などでがんばりました。設計や監督、現場の職人さんにも事情を説明し、おかげで予定より一カ月早く完成。おばあちゃんも仮退院して新しい家に一泊され、ご家族のみなさんにも大変喜んでいただきました。しかし翌日には再び入院され、そのまま永眠されました。とても寂しい気持ちですが、ご家族と一緒に新居に入られた時に見せてくれた素敵な笑顔は、今も忘れることができません。

今のあなたを見て、お父さんはなんと?(勤務地:岐阜県)
家族で食事に出かけたときのスナップです。僕の話になると、姉2人がヒートアップします(笑)

『一条工務店に決めた』と父親に報告したところ、『決まりきった仕事ではないから大変だぞ。でもがんばればお前も大きくなれるんじゃないか』と言われました。僕もそう思いました。

そして今、多くの人と関わりながら、ひとつひとつの仕事でいろんなことを経験しています。たくさんのお客様、先輩、同僚、そして現場の職人さんに助けられてきました。手を差し伸べてくれる人、迷ってる背中を押す人、僕が這い上がることを信じて突き放す人も。少しずつでも大きくなって、親父に『大きくなったな』と言わせたいです。

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