先輩社員座談会

第1章「どう乗り越えた?辞めたくなった瞬間」

入社10年以上の先輩社員が仕事の本質を語る。「先輩社員座談会」
司会

今回の座談会の目的は、一条工務店を就職先として検討している学生さんに、一条工務店で働くとはどういうことなのかを知ってもらうことです。お集まり頂いたのは、みなさん入社10年以上のキャリアがある方ばかりですが、その理由はのちほど説明いたします。

座談会ということで、みなさんぜひざっくばらんに、本音のところで話し合ってください。就活生も、そういった社員の方々の本音の話を聞きたいと思っています。私は、司会を務めさせて頂きます就職コンサルタントの秦泉寺と申します。今日はよろしくお願いいたします。

さて、座談会を始めるにあたり、みなさんと共有しておきたいのは、今年の就活生がどういう人たちかということです。生まれた頃にはバブル崩壊が始まっていて、学校は小学校時代から週休2日。この世代を表すことばとして「ゆとり世代」という言葉もありますが、そんな彼らの特徴はどんなところにあるのか?まずはこちらにまとめてみました。

 
若者の就業について
 

素直、もちろん全員というわけではありませんが、真面目であるがゆえに失敗を恐れやすく、そのために真剣勝負をしない。評価されたいという思いが強すぎて、良い結果が出なければ割と簡単に諦めてしまう傾向もみられるようです。馬場さんは人事グループで、若い人たちの面接をされる機会なども多いと思いますが、いかがでしょうか?


馬場 面接では素直な人が多いですよ。素直すぎて「今日の自分は何点でしたか?」なんて質問してくる人もいるくらいです。
中村

「与えられる」のに慣れた人が多い印象はありますね。何ごともまず「情報をください」という人が多い。インターネットなどを通じて欲しい情報が手に入るのが当たり前の世の中で育ち、物質的にも豊かで、何もかも与えられる時代を生きてきたせいでしょうか。

吉村

「自分はこう思うんですけど」という部分がなく、いきなり「どうしたらいいですか?」という質問が多いのも気になります。これも実は「答えを与えてもらう」ための質問なんですよね。与えられたことはしっかりやるんですけど。

瓦林

確かに、そういう傾向の人もいるとは思うけど、一方で、これは「ゆとり世代」とひとくくりにしがちな周囲にも問題があるかもしれないね。

司会

なるほど。たしかにそこは私たちも、偏見のない目で見てあげないといけないのかもしれませんね。

さて、皆さん普段のお仕事の中で若い世代の特徴を感じていらっしゃるようですが、そんな彼らが「就職先の企業を選ぶ上で、ぜひ知りたい情報」というのがこちらなんです。

 
若者の就業について
 

つまり「どんな仕事をするのか」より、「誰と、どんな環境で」働くかを重視しているんですね。常に先が見えない世の中を生きてきたせいか、安心して長く働ける環境かどうかを何より気にしているようです。

実は今日、若手社員ではなく、皆さんのようなベテランの社員さんに集まって頂いた理由の一つは、このように「長く働く」中で感じてきたことをお話し頂けるのではと考えたからなのです。

実際のところ、企業が発信する採用サイトなどの情報は良いことしか書かれていない場合が多 く、就活生もそのことに気づいています。長く働いていれば辛いこともあっただろうし、辞めたいこともあったはずなのに、そういった話は伏せられていると感じている就活生は多いもの。

今回はそういうことはなしで、本音で参りましょう!というわけで、ズバリお聞きしますが、長く働いてこられたなかで、辞めたいと思ったことはありますか?それは何回?(一斉にフリップに書くも、時間がかかる…)

では、みなさんの回答を見ていきましょう。この中で最も社歴の長い瓦林さんはいかがですか?

若者の就業について
瓦林 私は入社4年目の頃に一度だけ本格的に悩みましたが、何か仕事に問題があったというわけではなく、このままサラリーマンを続けるのか、独立するのかという悩みでした。結局は同じサラリーマンとして勤め上げた父の話を聞いて、社に残ることを選択しました。
粟津

独立への憧れは私もありました。個人で設計事務所を開きたいと思ったんです。個人なら、営業や工事なども含めて、1件の仕事の全部に関われる。一方で、会社で設計の仕事をしていれば、設計以外の部分は専門の担当者がやってくれて、自分は好きな設計だけに集中できるし、関われる件数も多い。結局、営業などに力を取られるよりは、好きな設計にとことん集中できる会社勤めを選んだのです。

司会

「一国一城の主」ではないですが、30歳前後で起業や独立を考えるというのは、私も経験があるのでよくわかります。でもお二人は、「一条工務店で働き続ける」ことを選択されたわけですね。他の方はどうですか?さぁ、もっと本音でいきましょうか!(笑)

吉村

私が辞めたいと思ったのは1回、入社3年目で本社勤務となり、東海地区を1人で管理しなければならなくなった時です。本社での仕事は、地区の施工業者さんを取りまとめる管理業務。具体的には、品質・納期・コストの3つの軸で、よりよい家をより低コストで建築していくための交渉を一切任されます。東海地区はシェアも大きく、業者さんも多い。入社3年目の自分には、とても荷が重い仕事で、管理も交渉もうまくいかず、成果も出ませんから、上司にもしょっちゅう叱られて。本当に辞めたいと思ってました。

司会

具体的には、どういうところが大変だったのですか?

吉村

一番の難題はコスト交渉です。品質も納期も維持しながら、いかにコスト削減の方法を探るかということなので、現場としてはなかなか前向きにはなれない要求だとは思います。最初の2ヶ月は、「検討してほしい」「できない」の押し問答の繰り返しで、本当に辛かったですね。

馬場

なるほどなあ。でも、本社がそうやってコスト削減を推進する一方で、現場では、もう少し工事単価を上げてくれないだろうか、なんて考えているんですよね。私は8年間工事監督をしましたが、最初の頃は、退社後や休日にもしょっちゅう現場から電話がかかってきて大変でした。追加の対応が必要な事態が次々起こり、業者さんにお願いするんだけど、業者さんとしては「今から言われてもできないよ」「追加の費用がかかるよ」となる。そこをなんとか仕上げてもらうんですが、そんなこんなでオフの日も頭の中は仕事でいっぱい。いつでも電話が取れるよう、携帯の電波が入るところにいないと落ち着かず、テーマパークで列に並んでいる時に電話が鳴り、嫁に寒い目で見られたこともありました。あの頃は毎日のように「もう辞めたい」と思っていたなあ。辞めたいと思った回数はこの中で一番多いと思いますよ(笑)。

山本

確かに忙しすぎると辛くなりますよね。私も今まで2回だけ辞めたいと思ったことがあるんですが、そのうちの1回が工事監督時代で、忙しすぎたのが原因。ちょうど一条工務店の受注棟数がすごい勢いで伸び始めた頃で、どこの現場も人が足りず、私と、別の地域から赴任してきたばかりの上司と新人しかいない状況で、今考えるとすごい数の現場を担当していました。体力的にほんとうにきつくて、毎日「もう無理!」と思いながら働いていました。

馬場

そうそう、毎日、「無理!」と思いながら帰って、でも次の日は「もうちょっと頑張ろっか」と思い直して出社しての繰り返し……。

司会

みなさんそういう状況をどう乗り越えられたのですか?

吉村

私の場合は、3ヵ月くらい経って、徐々にコスト削減に応じてくれる業者さんが現れるなど、成果が出始めてからは変わりました。

司会

なぜ成果が出始めたのでしょうか?

吉村

自分の頭で考えるようになったからでしょうか。たとえば業者さんと交渉するにしても、「会社がこう言っているからこうしてください」ではなく、自分なりに相手の気持ちを考えて話せるようになった頃から状況が変わっていった気がします。コスト削減は業者さんにとってはマイナスですが、お客様のためを考えたら必要なこと。そういう狙いを自分の頭で捉えられた時、業者さんの反応が変化し、仕事もうまくいくようになって、辞めたい気持ちはなくなっていました。

馬場

あぁ、それわかるなあ。僕も変わったと感じたのは相手の気持ちがわかってきた時。そもそも、なぜ追加対応が必要な事態が起こるのかを考えてみれば、その手前の段階で自分がしっかり段取りできていなかったからなんですよ。それなのにただ補修しろと言えば、業者さんだって「できない」と言いたくなります。そこに気づいた時、もっと段取りを考えるようになり、仕事量もオフの日の電話も減りました。そもそも休日に電話が入るってことは段取りが悪いってことなんですよね(笑)。

司会

なるほど。相手の目線に立つことで、困難な状況の乗り越え方も見えてくるわけですね。周りの環境に助けられたことはありましたか?

馬場

発言のチャンスはたくさん与えてもらえて、ものを言いやすい雰囲気があるから乗り越えられたということはありますね。同期や先輩といろいろ話せる間柄だったことも、相手の気持ちを理解する大切さに気付くきっかけになりました。

吉村

あんなに怒られたことは人生で初めての経験でしたけど、叱った先輩のことは今も一番尊敬しているんです。というのもこの人は、自分が長野の工事課にいたときの働きを見込んで本社に呼んでくれた人 。その期待に応えたいという思いがあったから頑張れたのかもしれません。

山本

結局、やれると思われているからこそ、その仕事が与えられるんですよね。それが辛くて辞めたら負けたみたいで悔しいじゃないですか。それに10年近く経って振り返ってみれば、辞めたいと思うほど苦しかったのはあの時だけ。若くて体力のあるうちに経験できてむしろよかったし、その時のことを思えば、今多少苦しくても全然平気なんです。

司会

ここまで皆さんの辞めたいと思った経験についてお聞きしてきましたが、中村さんは辞めたいと思った回数=0回。これはこれでなぜなのか気になります。

中村

なぜでしょうねえ?(笑) 僕の場合、人生で一番つらかったのは本気でプロ野球選手を目指していた中学生の頃。ボール1個なくせばビンタが飛んでくるような中にいると、たいていのことは平気になるんですよね(笑)。怒られても「誰だって失敗はするんだからごちゃごちゃ言うなよー」と思えてしまう。そのかわり「同じ失敗はしませんよ」といつも思っていました。

瓦林

さすが入社以来、常にトップクラスの営業成績を残してきた営業は強いね!ずっと3割打者みたいなものだもんね。

中村

そんなことないですよ。実は1年目は1棟もご契約いただけてないんです。

瓦林

ええっ!?ちなみに2年目は?

中村

2年目は8棟ご契約いただけました。

一同

おお!

司会

当時は1年のご契約棟数は平均3棟くらいという時代ですよね!

中村

1年目に失敗をたくさん経験できたので、「同じ失敗はしない」という考え方が効果的だったのかもしれませんね。

瓦林

1年目のご契約をいただけなかった間、上司はどうだったの?

中村

非難するより、励ましてくれる人が多かったです。「同じ失敗はしない」と強く思っていたのを認めてくれたからかもしれませんが……そもそも、仕事というものは、いきなり成功できるほど甘い世界であってほしくない。簡単に達成できるものは飽きるのも早いでしょう?僕にとっては、難しいからこそ辞めたいと思わず長続きしているのかな、と思います。

若者の就業について
司会

こうしてうかがってみると、3、4年目あたりで辛い時期があった方が多いようですが、それは会社の期待の裏返しなのかもしれませんね。そこを乗り越え、自分の頭で考えられるようになると、劇的に仕事が面白くなるのかもしれません。皆さんの先輩や同期の方との信頼関係がそれを助けてくれているようです。

考えてみればこれは就職活動とも重なりますね。採用する側の視点に立ち、自分の頭で考えられるようになった時、就職活動もうまく回り始めるのかもしれません。